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「平手打ちはしてもいいと言いましたがグーで殴るのは許してませんよ…」



私に殴られた腹部をさすりながらブツブツと文句を言うルシアンに「自業自得でしょ」と辛辣な言葉を吐き捨てた。


風呂から上がった後さすがにシャツ1枚だけの姿でいるのは嫌だと抗議し、不満そうな彼に頼んでいらないズボンと薄地のタオルを貰い持ち前の裁縫スキルを活かしハーフパンツと下着を見繕った。これなら下半身に寒さを感じることもないし、いちいち変態野郎の目を気にする必要もない。我ながらいいアイデアだと思った。
ただ1つだけ不服を言えば、下着にしているタオル生地が荒いせいか動く度に肌に擦れてゾワゾワとした違和感を感じ、下着が乾くまでの間なるべく動かないよう椅子に座って待つことにした。



「ていうかアンタ魔法使いなんでしょ?服の1枚や2枚魔法で乾かすとかできないわけ?」



温かいコーヒー(みたいな色をしたほろ苦い飲み物)が入ったカップを両手で抱えフーフーと息で冷ましながら尋ねると、暖炉の前で鍋の番をしていたルシアンが、



「あれ?言ってませんでしたっけ?魔法使いは魔法使いでも、僕は魔法が使えない魔法使いなんですよ」



一瞬頭が混乱し頭上にはてなマークが浮かぶ。



「でもアンタ自分で自分のこと魔法使いだって言わなかった?墓地の門を開ける時に使ったランタンもこの赤い糸も魔法だって…」
「ランタンは魔具の1つですし、契りの糸に関しては別に魔法使いじゃなくてもこの世界にいる人なら誰でも使えますよ。もっと言うと僕自身に魔力とかいう特別な力は一切ないので、杖を振って魔法が飛び出たり箒に乗って空を飛ぶこともできません」
「それもう魔法使いって言わないじゃないっ!?」



長ったらしい説明に鋭いツッコミがはいる。しかしそれに対し「魔法は使えませんが薬に関してはそこら辺の魔法使いよりも真面な知識を持ち合わせていますよ」と自信満々に言う彼の背中を呆れた表情で見つめた。


魔法使いなんて胡散臭いとは思っていたがまさか変態のうえにペテン師だったとは。今日だけで二度もこの男に騙されていることに気が付くと、人を見抜くスキルも昔に比べ大分劣ったものだと重い溜め息をついた。



「まぁそう焦らなくても今日はいつもより風があるのですぐ乾きますよ」



ふと窓の外に目を向けると家の外に干された洗濯物がユラユラと揺られているのが見えた。
出来ることなら下着だけでもすぐに乾いてほしいところだが、洗濯物からまだ水滴が滴り落ちているのを見るとまだ当分は乾かないだろう。



「で?アンタはさっきからそこで何をやってるわけ?」



私と話している間ずっと暖炉の前に陣取り、火にかけられた鍋の中を木の棒でグルグルと掻き混ぜている彼に目がいく。



「変身薬を作っているんですよ。さっきシェリーさんに飲ませたのが最後だったので」



あぁ、あの時の薬か。
頬杖をつきながら元の赤色に戻った自分の髪を見ながら指で髪先を弄る。
鍋の中を掻き混ぜる度に独特な匂いが部屋中に充満し、その匂いを嗅いだ瞬間あの時の光景と口の中で感じた生温かい感触を思い出し思わず顔が歪む。もう二度とあの変な薬は飲みたくない。


鍋の中の液体が赤から紫に変わるとルシアンは暖炉の前から机の前へと移動し、卓上に並べられていた薬の原料となると思われる木の実やら薬草などの下処理をはじめた。
ナイフの平なところで木の実を押し潰し中から汁を絞り出したり、薬草の根っこを切り刻んだり、手際良く作業をしている彼の後ろ姿を無言で観察する。そのうち私と話している時よりも薬を作っている時のほうの顔が生き生きとしているように見えてきて何故か腹が立つ。



「そういえば僕に何か聞きたいことがあるんですよね」
「え?」



切り刻んだ薬草をすり鉢みたいな大きなお椀に入れゴリゴリと磨り潰していたルシアンが肩越しに振り返る。


聞きたいことなんてあっただろうか?
咄嗟に聞かれた言葉に首を傾げ頭の中で整理しているとある大事なことを思い出し、



「そうよ!ここからの脱出法!」



ついさっきまで覚えていたはずなのにまた忘れていたなんて!急に物忘れが激しくなった自分に不信感を抱く。下着のことに気をとられていたせいもあるのかもしれないが、それにしてはあまりにも不自然すぎる。まるでその記臆だけぽっかり抜き取られてしまったような感覚だった。



「気付いてたのなら勿体ぶってないでさっさと教えなさいよ!」
「別に勿体ぶっていたわけではなかったんですが…」



一方的に責められ苦笑いを浮かべたルシアンは全ての材料の下処理が終わりそれらを鍋の中に入れ蓋をした後、ひと息ついたような顔で私の向かい側にある椅子に座る。



「簡単に言うとオズに会えばいいんですよ」



その言葉にピクリと反応する。
オズといえばこの家に来る前に見つけた大木の前に設置された石板に刻まれた名前。しかしオズという人物はもうこの世界にはいないはず。



「オズってアンタの先生じゃない!それにもういないってあの時…っ」
「オズはオズでも僕の先生は初代オズです。今は二代目がいます」


テーブルに置いてあった自分用のカップが空になっているのに気付くと椅子から腰を上げ、暖炉の上で温められていたコーヒーが入ったポットを手に取る。「おかわりいります?」と聞かれたが「いらない」と答える。今はコーヒーのおかわりなんかよりここからの脱出法について知りたいのにちょいちょい余計なことを挟ませてくる彼に苛々が積もる。



「で?そのオズって一体何者なの?」
「オズはこの夢を支配している大魔法使いの名称です。オズがいる<王の間>に辿りつけた者には褒美として1つだけ願いを叶えてくれます」



なるほど。つまりその〈王の間〉という所に行って二代目オズに会い、この夢から覚めるよう説得すればいいということか。
何とも嘘臭い面倒な話だと思ったが、それがこの世界のルールなら部外者の私はそれに従わなければいけないんだろう。それに魔法使いという肩書きの前に"大"がつくだけあってそれほどの実力の持ち主なんだろうと勝手に予想する。



「そのオズっていう大魔法使いは今どこにいるの?」
「町の中心部にエメラルド城という城があってオズはその城のどこかにいます」



そういえば町を彷徨っていた時、視界の端に城のようなものを見たような気がする。名前の通り建物全体がエメラルド色に輝いていて、いかにも偉い人が住んでいそうな立派な建物だった。
しかし町の中心部にあるということはまたあの町に戻らなければならないということ。当然町には目がない黒い瞳の人達や大男のような兵士達がいる。恐らく地上では今も私のことを探しているはずだろうから迂闊な行動は出来ない。


でもよく考えてみると今の私にはルシアンという恋人(仮)がいる。この世界に詳しい彼なら城へのルートも入り方も知っているはず。そう思うと落ち込んでいた気持ちに微かな希望が見えた。



「分かったわ。じゃあ服が乾いたらそこに行くから案内して」



グイッとコーヒーを飲み干し空になったカップをテーブルの上に置き椅子から立ち上がる。そして呑気にコーヒーを注いでいるルシアンに目を向けると何やら不満気な表情を浮かべた彼がこっちを見つめ返してきた。



「何よその嫌そうな顔は」
「いや、なんで僕が案内しなくちゃいけないのかと思いまして…」



面倒くさいオーラ全開の彼に思わずムッとして「アンタはアタシの恋人(仮)でしょっ?恋人(仮)の頼みの1つや2つ聞きなさいよ!」と突き返すと「シェリーさんって都合のいい時だけ僕を恋人扱いしますよね。あと恋人(仮)って言わないでくれますか?地味に傷付きます」と溜め息をつかれ思わずだんまりになる。
確かに都合が良すぎた考えだったかもしれない。でも情けない話、この世界にきたばかりの私が1人地上に出て人目を避けながらあの迷路のような入り組んだ町を抜けて城に辿り着ける自信がない。それにこの地下から地上に上がる手段も私はまだ知らない。


するとルシアンはどこか難しそうな顔で目を伏せ、



「正直今オズに会うのはおすすめしません」
「えっ?」



理由を尋ねる前に彼はその場でコーヒーを口の中に含みゴクリと音を立てて飲むと、



「二代目に代わってから誰もオズの姿を見ていないんです」



その瞬間私達の間に沈黙が流れる。



姿を見ていない?
それはつまり城に行っても二代目オズには会えないってこと?



「意味分かんない!なんでそんなことになってるの!?」



テーブルを叩き問いただすが、ルシアンはただ黙ってコーヒーを啜っていた。


そもそも二代目オズという大魔法使いが本当に存在しているのかが怪しく感じてきた。
〈王の間〉に辿り着いた者にはどんな願いも叶えてくれる?そんな上手い話が本当にあるのだろうか?


でもここは夢。現実じゃない。
それに今回ばかりは彼も嘘を言っているようにも思えず、真剣な顔で何かを考えている彼を見て私は一度気を落ち着かせ静かに椅子に座る。



「それともう1つ、あなたにとって一番厄介なのは同じ城にいるクィーンです」



クィーン?
彼の口から突然飛び出てきた人物の名前にきょとんと首を傾げる。



「クィーンって誰?」
「オズと一緒にこの世界を支配している女王です。人間が嫌いで、城に連れて行かれた人間は大人子供関係なく目玉をえぐり取られます」






目玉って…。
心臓や他の臓器ならまだしも何で目玉なんだと思いながら残虐的な行動にゾッとする。


ん?でも待てよ。



「ちょっと待って。じゃあ町にいたあの黒い瞳の人達って…っ」
「大半はシェリーさんと同じ現実からこの夢にやってきた人間です」



あの辺は特に人間達が密集して暮らしていて常に城の兵士が監視しているので近付かないほうがいいですよと忠告を受けると、ふと脳裏の浮かんだ彼等の顔と姿を思い出す。
彼の言うとおりあの大通り周辺には黒い瞳の人達しかいなかったような気がする。年端もいかない子供から若い男女からお年寄りもいた。もしそれが本当なら相当な人数の人間がこの夢に堕ちているということになる。



「どうして皆こんなところに留まってるのっ?現実に帰りたいって思わないのっ?」
「最近この世界にやってきた人ならまだ心の中でそう思っていると思いますよ。でもクィーンに目を奪われたり夢に長く干渉し続けていると現実にいた頃の記臆を忘れていってしまうんです」



平然と言う彼だったが、それはつまり人間だった自分を忘れていくのと同じこと。現実を忘れてしまえば帰る家も分からず、この世界の住人として記臆が書き変えられそのまま馴染んでいってしまう。


その事実を聞いた瞬間、さっき感じた記臆が消えた感覚にも納得がいく。物忘れが激しくなったのは自分のせいじゃない、その夢のせいなんだ、と。


私は眠りについてどれぐらいの時間が経ったんだろう。もしかしたら私の知らないうちに記憶の1つや2つ消えてしまっているかもしれない。
ただの夢かと思っていたが彼の話を耳にする度にだんだんこの夢が恐ろしく感じてきた。



「クィーンが二代目オズに代わってこの世界を支配しているせいで人間は魔女と同等の存在になってしまっているんです。二代目オズが姿を見せなくなった今も人間に残された選択肢はクィーンに目を差し出してこの世界の住人になるか、僕みたいに隠れて暮らし機会を待つかの二択だけなんですよ」



それはもう現実に帰るのを諦めてここにいろと言っているようなものじゃないか。
二代目オズの存在が不確かな今、クィーンに見つからないようこの箱庭に隠れて暮らすのが1番安全だと誰もがそう思うだろう。
でも記臆はどうする?こうしている間にも私の中から現実の記臆が消えていってしまっているのを思うと不安で仕方がない。


答えがはっきりしないまま私は視線を下に落とし唇を噛み締める。



「…アンタのその右目もクィーンに取られたの?」



突然自分に話を振られビクッとしたルシアンが目を見開く。
前髪で隠れた右目から漂う異様な気配。それは初めて会った時からずっと気になっていたこと。そして黒い瞳の人達が人間だということは彼もまた私と同じ…。


するとルシアンはカップを持っていないほうの手でそっと右目に触れ、



「もうずっと昔にですけどね。左目だけは奪われずに済みましたが今もお尋ね者としてクィーンに目をつけられているんです」



まぁそう簡単には捕まりませんけどねと余裕な顔を浮かべるとまたコーヒーを口に含む。



「でもまだ片目があるじゃないっ。現実にいた頃の記憶だってまだ残ってるんでしょっ?」



彼の言葉を聞いて閃く。
別に1人じゃなくても彼と一緒に帰ればいいじゃないか。彼だってこんな日陰生活に飽きているから私を恋人(仮)に選んだわけだし、彼と一緒なら何かと心強い。
(本当は男の力なんて借りたくはないけど)


咄嗟に思いついた考えに目を輝かせ期待の眼差しでルシアンを見る。
しかしそんな期待も望みも彼の薄い微笑みに打ち消され、



「僕はこれでいいんですよ」
「え…?」



予想外の返答に気の抜けた声がでた。


なんで?どうして?
ただその疑問だけが頭の中を乱し私を混乱させる。



「それに今さら帰ったところで僕の身体が現実に存在しているかも怪しいですからね。僕がオズベルに堕ちてもう7年ちかく経ってますから」



7年!?
あまりにも衝撃的な年数に言葉を失う。


本当に何もしないでいたら私は一生目覚めることもなく人間だったということも忘れ、この世界の住人になることも十分にあり得る。そんな長い時間眠っていれば当然私の身体は衰え、最悪そのまま灰と化し消えてしまう。


そんなの冗談じゃない。



「慣れてしまえばここの暮らしもなかなかいいものですよ?」
「それだけは絶対に嫌」



甘い悪魔の言葉を囁いてくる彼を睨みつけきっぱりと断る。


地上は最悪だがこの箱庭はいい所だと思う。平穏に時が流れ、麻薬のように嫌なことを全部忘れさせてくれる。喧騒しかない現実とは大違いだ。
でも私にはまだやらなくちゃいけないことがある。それは現実じゃないと出来ないこと。そのために私はずっと踊り子としてあの店で頑張ってきたんだから。



「アタシは現実に帰るの」



心の中で強く思ったことを口に出す。
すると彼はそれ以上何も言わず、



「ならその気持ちだけは忘れないようしっかり胸の奥深くに刻み込んでおいたほうがいいですよ」



じゃないと僕のようになってしまいますからと手に持っていたカップをテーブルの上に置きまた暖炉の前に立つ。



「そろそろ休みましょうか。久し振りに地上に出たせいで僕も疲れました」



薬を作り終えたのか鍋に蓋をし火を消すと暖炉の前で丸まって寝ていたトトを抱き抱かかえ2階へと上がっていく。
夢の世界で眠るなんて可笑しなことだが、身体は正直でこんな時でも不思議と口から欠伸がでる。


いいや。今日のことはまた明日考えよう。


今日はいろんなことがありすぎてさすがの私も疲れてしまった。今すぐフカフカのベッドにダイブしたい。





***





ルシアンの後をついて2階へとあがると、部屋の奥の壁際に真っ白なシーツに包まれたベッドがあり、その周りにはクローゼットやタンス、ソファーなどが置かれていた。私物でゴチャついていた1階とは違って2階は清潔感のあるシンプルな寝室だった。


ただここで1つだけ問題を発見する。これからこの部屋で眠るというのにベッドが1人用のシングルサイズだということ。



「シェリーさんは壁側と外側、どっちがいいですか?」



ベッドの傍らに置いてある木箱で作られた小さなベッドにトトを寝かしつけると、首を傾げたルシアンが後ろを振り返る。



「まさか一緒に寝る気!?」
「え?嫌なんですか?」



僕達恋人同士ですよね?とどこかで聞いたような言葉は敢えて無視し、驚いた表現で互いの顔を見合わせる。


いくらこの男にその気がないと知っていても冗談じゃない!
こんな変態と一緒に寝たら私の貞操が危うい!


じっとこっちを見つめるルシアンを一瞥し後ろへ下がると、



「いいわよ。アタシはこっちのソファーで寝るから」



ベッドの向かい側に置かれていたソファーに腰を下ろし肘掛けを枕代わりに身体を横にする。
別にベッドじゃないと眠れないような柔な身体じゃないし、仕事が終わった後はいつも店のソファーを寝床にしているからむしろこっちのほうが有難く休める。


しかしそれを許さなかった彼は無言のまま私のほうへと歩み寄ってきて、



「ダメですよ。朝は夜と違って冷えるんですから」



そう言ってソファーに寝転がっていた私をまた井戸の時みたいに無理矢理持ち上げベッドの上へと放り投げた。突然のことにバランスを崩した私はそのままベッドへと倒れ込む。



「ちょっ、アンタ何して…っ」



慌ててベッドから降りようと身体を翻した瞬間、ベッドの端に片手をつき逃げ道を遮断する彼と目が合う。



「もしかして僕が襲うとでも思ってます?」



率直な質問に一瞬ドキッとする。


彼との距離はたったの数センチ。しかもここはベッドの上。


やばい。食われる。
頭の中で鳴り響くレッドサイレンに私は苦笑いを浮かべながら両膝を立て恐る恐る身体を後ろへと下げる。しかし背後が行き止まりだということを忘れていて、背中に冷たい壁が触れる。


ただその時自分は何を思ったのか、こんな状況でも平常心を失わない彼の鉄の理性に何故か苛立ち、



「ぎゃ、逆に聞くけど目の前にこんないい女がいてもアンタは何も感じないわけっ?」



言ってやった。
自分でいい女とか言ってて後から恥ずかしくなったが、こうでも言わないとこの男は動じないんだ。


しかしそれが仇となってしまったようで、顔をニヤつかせた彼が私のほうへと少しずつ歩み寄り、



「それはつまり襲ってもいいということですか?」
「襲ったら殴る」



目鼻立ちが整った彼の顔の前で拳を作ると彼は「冗談ですよ」と私の前から退く。彼の言う冗談が冗談に聞こえなくてたまに怖い。


それからは彼が私にちょっかいを出してくることもなく、寝る時用のシャツに着替え髪を結っていた紐を解くとそのまま何も言わず布団の中へと潜り込んだ。その様子を隣で見つめなんだかよく分からないモヤモヤとした何かがまだ私の中に残っていたが、これ以上彼を刺激してはいけないような気がして私も大人しく布団の中に身体を潜り込ませる。
ただ布団の中が冷蔵庫のように冷んやりしていて不意にトトという湯たんぽが欲しくなった。でも気持ちよさそうに眠っているトトを起こすのも可哀想だったので渋々身体を小さく丸め冷たくなった足を擦り合わせる。



「寒いなら温めてあげましょうか?僕の身体で」
「キモい」



私は壁側を向き、彼はその反対側を向く。1枚の布団を2人で使っているため、私達の間に隙間が生まれそこから冷たい空気が流れこむ。


それにしても誰かと眠るなんて久し振りだ。
いつもは酒に酔いしれて店のソファーかカウンターで寝ている私だが、こうして自分以外の誰かをそばに感じながら同じ寝床で眠るのは子供の時以来だった。



「シェリーさん」
「何よ」



まだ眠っていなかった彼が私に背を向けたままぼそりと呟く。



「くれぐれも1人で城に乗り込もうとかしないでくださいね」



突然の真面目な話に眠気でぼやけていた意識が目を覚ます。



「もしあなたがクィーンに捕まっても僕はあなたを見捨ててしまうかもしれませんから」
「薄情な男ね」



てっきり恋人(仮)らしく身体を張って守ってくれるのかと思いきや、まさかのヘタレ発言にガッカリする。


しかし彼は「僕はそういう人間なんですよ」と微笑し、


この目のせいで現実に帰ることもできない。
人間だから魔法も特別な力もない。
だからこうして隠れて暮らしているんです。


今にも寝落ちしてしまいそうな弱々しい声に私は黙って耳を傾けた。


彼がどんな思いで7年間もずっとこの箱庭に閉じこもってうのかは知らないが、もし私が彼の立場だったら孤独と恐怖に耐え切れず、存在を保つことよりも存在を楽に消す方法を探していただろう。
そう考えると彼は私が思っているよりも強い人なんだと思う。2人組みの男達に職質された時も墓地で触手に襲われた時も彼は冷静な判断で私を助けてくれた。そんな人がどうして現実に帰ることを諦め、こんな世界に固執しているのかとても不思議だった。


そんなにこの夢が好き?それとも現実が嫌いでここにいるの?
そんなことを頭の片隅で考えていると、隣から微かな寝息が聞こえてきた。その音を耳にしているうちに私も突然襲ってきた睡魔に抗えずそのまま目を閉じた。


長い夜がようやく終わる。





***





エメラルド城のとある一室。
その部屋で私は1人の大男に頭を下げられていた。



「そうですか。結局赤髪のお嬢さんは見つかりませんでしたか」
「も、申し訳ありませン!」



身体を半分に折り反省の意を示す彼に向かって小さな溜め息をつく。
ようやく彼女を見つけたと思ったのに、雨のせいで視界が悪くなりターゲットを見失ってしまったという言い訳付きの報告を聞いて一気にテンションが下がる。やはり他人に頼らず自分が探すべきだったか。



「もう下がっていいですよ。後のことは私のほうで対処しておきますから」



呆れ口調でそう言い放つと、大男は膝を折り床に両手をつくとまた「申し訳ありませン!」と深く頭を下げた。図体どころか性格も暑苦しい彼を上から見下ろしながらまた溜め息をつく。
逃がしてしまったものは仕方ない。町をくまなく捜索していれば何かしらの手掛かりは掴めるだろう。この世界、オズベルで人間が傷を負わずに存在を保つことなど不可能なのだから。


気持ちを切り替えて、脇に抱えていた今日の業務内容が書かれた分厚い紙の束を手に取り視線をとおす。



「あ、あの…もう1つご報告したいことガ…」



目の前で座りこんだ大男がぼそりと呟く。
(身体は大きいくせにこういう時の声は小さくなるんですね)



「じ、実は町を捜索している最中気になる男女を見つけましテ…」
「ほぅ」



紙の束をパラパラと捲りながら大男の言葉に半分耳を傾ける。
男女ということは恋人だろうか。こんな天気が悪い日にまで外に出てイチャつくとはご苦労なことだ。



「それで?彼等は人間でしたか?」
「いえ、両方とも目はあったので恐らく町に住む住人かト…」



なんだ。人間じゃないのか。
この世界にも恋人という類の者達は巨万といるが、もしそれが人間だったらまだ面白かったのにと心の中で1人落胆する。


しかし大男がまだ何か言いたげそうにこっちを見つめてくるので「まだ何か?」と尋ねると、



「男のほうは片目でしタ」



その言葉に一瞬手の動きが止まる。
目が無い者は人間を含めて数え切れないほどいるが、片目とはまた珍しい。というより、私の頭の中に記録されている住人リストの中でそれに該当する人物は1人しか思い当たらない。



「その男の特徴は?」
「え?あ、えっと…周りが暗くてよく見えなかったんですが、髪の長い金髪の男でしタ」



やはり。


隻眼で金髪。そして瞳の色はエメラルド。
鈍い彼は気付いていないだろうが、恐らく傍らにいた女はあの赤髪のお嬢さんだろう。魔法が使えて頭がキレるあの男なら瞬時にお嬢さんの姿を変えることなど動作もないこと。


頭の中で状況が整理されていくごとに思わず口元に笑みが浮かぶ。
…おっと、いけないいけない。今はまだ仕事中の“私”なのだ。



「分かりました。その件についても私のほうで調べさせてもらいます」
「はっ!」



大男はすぐさま立ち上がり私に向かって敬礼をすると、額に脂ぎった汗をかきながらそそくさと部屋を出ていった。
本当は彼が私に背を向けた瞬間その首を切り落してやろうかと懐にナイフを忍ばせていたが、今回は特別に許してあげましょう。君が獲物を逃がしてくれたおかげで思わぬ大物が姿を現したのだから。



「いかがいたしましょう?クィーン」



肩越しに後ろを振り返るとそこには1人の少女が立っていた。
私が大男と話している間何を考えていたのか、少女は私達に干渉することもなく窓から見える夜の町をじっと眺めていた。



「申し訳ありません。私も随分彼を探し回ったのですがあの一件以来完全に気配を消されてしまって…。てっきりもう自滅されたのかと思っておりました」



でも生きているのが分かって良かったですねと微笑みかけてみるが少女は顔色ひとつ変えずただ眼前に広がる夜景を見つめていた。



「今回のことに関しては私にも責任がございます。ご命令とあらば今すぐにでも彼等を探しに町へ…」
「ジェスター」



突然自分の名前を呼ばれ口を閉じる。
その瞬間背を向けていた少女がくるりとドレスの裾を翻しながら私のほうへと視線を向ける。



「あの人のことです。こちらから迎えにいかずともそのうち向こうからやってくるでしょう」



無邪気な笑顔を見せる少女に私は「失礼いたしました」と目を伏せその場で深々とお辞儀をする。



「しかしよろしいのですか?先程の話からすると彼はすでにあの娘と共に行動している可能性が…」
「構いませんわ」



その瞬間少女の顔に影が映り、透き通ったエメラルド色の瞳が黒く濁る。



「だってあの人は私の王子様ですもの」



王子様は魔女ではなくお姫様とで結ばれる。



「だからあなたはいつもみたいに遠くから私達を見ていればいいのです」



遠回しに手を出すなと言われたような気がしたが、ここは大人しく「かしこまりました」と自分の胸に手を当てる。


あぁ、今日はなんて気分がいいんだろう。
今までにない最高の胸の高鳴りに我慢していた笑みがこぼれる。


役者は揃った。あとは私が描くシナリオ通りに彼等を導くだけ。


途切れていた夢物語に新たなページが付け加えられる。




to be continued...